【参詣】平野八幡神社|国道175号線で分かたれた日常と非日常の境界線

国道175号線(イナゴ)が縦断する神域。地下道を抜けて、平野八幡神社の静寂さへ。

ふだん何気に通っている国道も、歩いてみるにあたり「あれ?」と気になる場合がたまになかったりしませんか? 今回のターゲット、「平野八幡神社」もその一つ。

バス停が社のすぐ前にあるものの国道175号線は自動車道路に近い国道。南に200mほどの交差点に横断歩道はあるもののけっこう不便じゃないかなと思って詳しく見てみたら、どうも敷地(参道)を国道175号線が通っているようで。

これ、鳥居からどうやって参詣するんだ??

というわけで実地に行ってまいりました。

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平野八幡神社バス停(北行き)で降車。
たしかに参道を国道175号線が横切ってますね。車が通っていないタイミングで撮影してますが、自動車道に近い感じの175号の交通量は激重なので、歩いて渡ろうものなら一気に黄泉の国行きです。

反対側を見るとぽつんと取り残されたような鳥居が。かつてはここから真っ直ぐに社殿へと参道が続いていたんでしょうが、高度経済成長期の道路整備で、境内の入り口が物理的に切り離されてしまったんですね。

ここで参拝を諦めるわけにはいかないはずなので周りを見ると――ちゃんと代わりの「道」はついてました(写真上手側にトンネル(地下通路?)あり。


地下通路を通って神域へ

地下通路をくぐってちょっと歩くと、目の前にあるのは鳥居……ではなく電線と縄とゆるやかな上り石段。

車の騒音を背に、石段を日常から非日常へ、少しずつフェードしていきます。階段を上がれば、そこはとても静か。


喧騒を忘れさせる「静謐」の空間

初訪でしたがとても立派ですね。

あれだけ激しかった175号線の騒音がピタッと止み、そこには深い静寂と、凛とした気配が漂います。これぞパワースポット、と言いたくなるような清々しさ。深く呼吸をしたくなるくらい気持ちいいですね。


元禄から続く「能舞台」と五柱の神々

境内で次に目を引くのは、非常に立派な「能舞台」だ。

建て替えはされてるとは思いますが、江戸中期の元禄時代から、明治末期まで一般庶民が歌舞伎や能を楽しんでいたとか。たいそうなこの構え、まさに地域の文化と信仰の拠点だったことが窺えます。

拝殿に祀られているのは、譽田別尊(応神天皇)をはじめとする五柱の神々。

慶安元年(1648年)には徳川将軍より朱印を賜ったという由緒正しいお社で、装飾の細部にもその格式の高さがうかがえます。

掲示板を見ると、最近流行りの「切り絵御朱印」なんかも用意されているようで私は神社の御朱印は集めてないのですが、古い歴史を大切にしながらも、今の流れを取り入れている感じがいいですね。


旅の起点として

分断された参道を不思議に思い、地下道をくぐって、静謐ながらとても立派な境内でパワーをもらえたように思います。こういう地理(地図?)的な観点で寺社仏閣をみてまわるのもアリかなーと。

さて、国道175号線が見えてくると一気に現実世界に。
ここ平野八幡神社でしっかりとエネルギーをチャージ&ストレッチをした後は、いよいよ本日のメインイベント(?)、江戸時代の土木遺産を辿る、「林崎掘割ウォーキング」へと繰り出すのでした。

[林崎掘割ウォーキング:水路の歴史を追いかけて。へ続く]

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